オススメの映画 海がきこえる ※ネタバレ注意
今週のお題「映画の夏」
吉祥寺駅のホームで武藤里伽子をみかけたような気がした。
里伽子は、高校二年の夏にボクが通っていた高知の高校に転校してきた。里伽子は「東京のコ」だった。
いわゆる「家庭の事情」というやつで転校してきたのだ。ボクと里伽子のあいだにある思い出は、それにまつわるあれやこれやだ。
高校三年の秋の学園祭以来、里伽子とは口をきいていなかった。それは、親友の松野豊ともそうだった。
ボクは里伽子のことが好きだった。
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ボクは松野豊に学校にくるようによばれていた。
教室にはいると、松野は窓際にたって、身をのりだすように中庭をみつめていた。
「おい、なんで、ヒトよんどいて」
「うん?」
松野にうながされて一階の職員室のほうをみると、窓際に女の子がいた。
「今度、ウチの学年に編入してくる女子やと。武藤里伽子っていうがやと」
「ふうん。お前、なんか興奮してないか」
「興奮するよ、そりゃ。武藤はすげえ美人だぞ」
ボクは松野が武藤のことを好きになりかけていることに勘づいた。
かき氷を食うことにして学校をでたとき、校門の手前で武藤と鉢合わせした。
ボクは松野から武藤に紹介された。
「こいつ、四組の杜崎拓」
里伽子はひょい、と顎をしゃくるようにした。あたまをさげたつもりらしかった。
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里伽子はクラスのなかで浮いていたらしい。
スポーツはできるし、成績だって抜群だ。それが、美人の「東京のコ」となれば目立たないほうがおかしいというものだ。
里伽子はクラスの女子となじむことはしなかった。親の離婚という事情でむりやり母親の地元に連れてこられた里伽子は、高知が嫌いだったのだ。
松野は武藤のことを気にかけていた。好きなのだからあたりまえだ。
松野とのあいだで武藤のことが話題になると、気まずくなることがあった。だから、ボクは武藤のことを話題にださないようにしていた。
それは、ある時期までは簡単なことだった。
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ボクはひょんなことから、里伽子といっしょに東京にいくことになってしまった。
離婚したおやじさんに会いにいくというのに、付き合うはめになったのだ。
悲惨なことに、一年という短い時間のあいだに、里伽子の居場所はなくなってしまっていた。
自分が住んでいたマンションは父親が再婚予定の相手の趣味にあわせて変えられてしまっていたし、呼び出した昔のボーイフレンドは仲のよかったかつての友達とつきあっていた。
里伽子は確実になにかに傷ついたのだ。
里伽子は、ボクが泊まっていたホテルの部屋からでていくとき、泣きそうな顔で笑いながらこう言った。
「ひどい東京旅行になっちゃったね」
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大学生活がはじまってはじめての帰省のとき、ケンカ別れしていた松野豊と仲直りすることができた。
ぼくらは二人ならんで海をみていた。松野は高校三年の学園祭のことを口にした。
「あんときまでわからんかった。お前が、武藤のこと好きやゆうことに」
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吉祥寺駅のホームで、また里伽子をみかけたような気がした。
ぼくはいそいでかけつけたけど、電車は走りさってしまった。ボクは気落ちした。
ふと、視線に気がついて振りかえってみた。
そこには、笑った顔の里伽子が立っていた。